捻った腕が引き攣れて、歪つに揺れる。目を背けるようにして膝を付いた体躯を見下ろせば、背に浮いた骨がぎしりと軋んだように見えた。

「臆病者め」

低く嗤う声はだが少しばかり掠れている。更に肘を捩れば、喉奥からくぐもった呻きを漏らした。

「そう仰せなら、止めさせてみればいい」
「莫迦莫迦しい、」

限界まで折り曲げた腕は強張って、指先は微かに震えている。なのに垂れる声はあくまでも明朗な嘲笑。

「お前の、…っ」

俯いた顎に苦しげな汗が伝う。飾り帯を引き抜き曲げたままの腕を固定してやれば、漸く振り仰ぐかの様に此方を顧みた。

「止めてくれ、と仰せになりましたら、そう致しましょう」

嫌だ、止めてくれ、と言えたら、良いですよ。かち合った瞳はだがひたりと据えたまま、濡れた漆黒を絡める。我ながら虚ろな声だ、口の端を揺らす気配は無理矢理な哄笑なのだろう。

「下らん、さっさと終わらせろ」

お遊びに付き合ってやるのも飽いた、と歌うように吐き捨てる。なのに赤くなった手首が、神経質にひくりと揺れた。

額を掴んで床に叩く。自らの背で下敷きにした腕に、ぎこちなく姿勢を揺らした。苦悶に歪む表情をなぞりながら襟に手を這わす。怒りに目も眩む程だ。この人はどうしてこうも、自分の意のままにならぬ。

「何故、何故私を裏切るんです」
「お前が俺を裏切れぬからだ」

臆病者め、繰り返し告げられた嘲笑にゆらりと熱が立ち上る。じっと見下ろしていれば、呆れまじりに肩を竦めるその仕草のように、ぎこちなく身をひくつかせ笑った。




「……っ!」

喉笛に食い込んだ指先が、柔らかい箇所を蹂躙して押し潰す。握りこむように手のひらを首に沈ませれば、高く息の抜ける音がした。そのまま縫いとめるように体重を掛ければ、弱々しく首を左右に振った。手を引き抜こうと体の下を浮かしているが、背筋に沿って駆け上がるのは硬直ばかりだ。

「…あ…ぐ」

陰った瞳が、すうとなぞるように此方を見上げて揺れる。薄く開いた唇の端から、回らぬ吐息と涎が零れ落ちる。生理的な涙に膜を張った黒曜は、哀れに焦点をぶれさせていた。光に眇められた視線が、散漫になるのを感じ、小さく笑む。

「……っ、げほっ…が…!」

手のひらを弛めて、赤く付いた指の跡を確かめる。がくりと弛緩した体はやや上向きで、顎から喉を晒すように開いていた。縊る強さには足りずとも、さらけ出された鬱血は毒々しく刻まれている。



喉の鳴る音が立て続けに響き、それが笑いなのだと気づくのには数秒かかった。

「ぁ…はっ…は」
「何か?」

何事かを呟き、顎をしゃくるので、口元に耳を近付ける。

「痛っ…!」

走るような痛みに身を起こす。齧られた耳朶が焦げ付くようだ。

「満足か、馬鹿が」
「た…」

艶やかな笑みは、口元に滴る赤を弾いて広がる。描かれたような憫笑に、落とし込むように冷たさが落ちた。


「師直」



汚らわしい、と言わんばかりの声音は掠れ潰れて聞き苦しいことこの上無い。喘鳴に合わせ蠢く胸郭が、だらしなく冷や汗にまみれた膚を剥き出しにしている。

呼ばれた名はだけれども、揶揄に乗せる甘さにしては過剰なまでに凄艶で。…懇願するまで甚振ってしまいたい。

「…あぁ、」

外道の憫笑だ。振り上げた拳を落とす間に、一瞬、ほんの小さく哀しみににた色が主の目を掠めたように見えた。








未完