足掻く、足掻く、足掻く。
笑うならば笑えばいい。
無様どころか私には似合いだ。
だから恐れるのだろう?私を。何も持っていない筈の私がそれだけを与えられたのだから。
義父上と師直の対立を調停した。義父上を庇って師直をなだめた。
だが結局義父は職を失いかけがえのない腹臣を殺された。
師直と義父上の対立
表立ったのは師直。
ただそれだけのことだ。
いくらその行いが目についたとしても、師直は忠実な男だった。
何に?
勿論尊氏に、だ。
尊氏の真意に、彼は忠実だった。
望んだのは尊氏だ。
傍観者の立場をとって、ただこの争いを煽っていた。そしてまんまと、義父上の後に義詮を据えた。
気付いていた筈だ。
義父上はそのことに気付いていた。
だが京の義父にはもう彼等しかいなかった。だから何も言わなかった。黙って身を引いて仏門にまで入った。
立場を義詮に譲らねばならないことより、傍らにいてくれたその命の方が今の義父上には大切だった。
義父上は大衆に好かれるような性質ではなかった。
逆に尊氏は初対面の者や身分の低いものまで、万人に好かれた。
その影で義父上は公平を期すためと言いながら、非情、冷酷とまで言われるまで厳格に人々に接した。
義父上を慕う部下は確かに多かったけれど理解しているものは少なかった。
強くあるために自分を殺した。
そしてそれを気取らせることすら僅かなものにしか許さなかった。
義父上が笑いかけるのは限られた時、そして限られた相手だけだ。
殺された重能等といる時、義父上は屈託なく笑い、時には甘えさえした。
その時でしか義父上は本当の義父上でいられなかった。
そんな義父上から彼等を奪うことが、何を意味するかわかるか?
「…冬様、?」
「…ああ、すみません頼尚殿。いえ、これ以上返事を返さぬわけにはいかないでしょう」
握り込んだ掌。
痛みというには淡い感触。
「…如何されますか」
頼尚が鋭い目でこちらを見る。その瞳の光は既に、答えを知っているように見えた。
「兵を上げる」
「…大軍が差し向けられましょうな」
咎めるような言い方ではなかった。
「構わない。義父上の敵は私が討つ」
言い放った後に残る重い沈黙が、昂ぶる気を沈め満たしていく。
「どうせ私をこのまま生かす気などない」
「…出家をせよ、との命もありましたな」
「ははっ、そうでしたね。半年程前だったか、とうに忘れていた。ですがそんなことはどうでもいい。
今は義父上をお救いしなければならない。…すぐに支度に取り掛かる」
頷いて頼尚が部屋を出る。
一度じっと自分を見たその目に、映りこむものなど見ない振りをした。
だがそれこそ頼尚が、私を庇った理由でもあろう。
半年程前、義父上が自邸を義詮に明け渡し、細川顕氏の邸に移った。
顕氏は信頼に足るとは言えなかったがこの場で裏切るような奴ではなかった。
そしてその後すぐに尊氏から文書が届く。
「出家を命ずる。背けば九州諸侯に討伐を命ずる」
…笑わせる。
当然、命を無視した私には兵が差し向けられ石見を追われた。
そして肥後に入った後、この九州の小弐頼尚に迎えられた。
小弐頼尚。
かつて九州に落ちた足利軍を助け、そして義父上と行動を共にし京の奪還に貢献したという。
尊氏の命に背いたいわば逆賊の私を、頼尚は受け入れた。そこには勿論頼尚には頼尚なりの打算や思惑は
あるだろう。この九州の地にはもともと利害の対立したいくつかの勢力や階層があった。
…だがそれだけではない。初めて顔を合わせた時から頼尚は何かを知っていて、かつ悼んでいるように見えた。
私を?義父上を?それとも…
聞けばよい。だが聞く気はない。
力を貸してくれるなら、その裏に潜むものなど今の私にはどうでもよかった。
信頼している。感謝もしている。だがそれ以上のものをまだ感じてはいけない。
今はただ義父上のために。
義父上を助けるためなら、幕府に仇なすことすら何の恐れにも値しない。
足掻いて足掻いて足掻き抜く。決めるまでもない。決まっている。私は足利直義の息子だから。
尊氏、
お前は何が欲しい
そうやって何もかも義父上から奪い尽くして、一体何を恐れている。
何のために追い詰める
幕府のため?
違う
なら義詮のため?
違うだろう?
ただお前自身のためだ
それ以外にあるか?
譲らない。
譲るものか。
何があっても。
だって仕方がないだろう?
私も
お前と同じなんだ
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