※描写はほとんどないですが、尊氏とあやめ(直義むすめ)のそうなりそうな場面というか雰囲気があります。※直義死後です。
苦手な方は、お戻りください。








いとけない少女のものだった瞳はいま、ひとりの女として、憂いと悲しみを湛えて尊氏を見上げていた。
その色と、輪郭と、白い肌と、表情と。どれを言い訳にしたらいい。
目の前にいるのはかの弟の娘であり、色濃い彼の血が酷いほどに尊氏の胸を抉った。
思わず頬に掌を伸ばそうとすると、あやめびくりと震えて下を向いた。
宙に浮いたその手を、細い肩に置く。

「あやめ殿」

あやめは「はい」と小さな声で返事をした。
今は亡きおとうとの気配がその肩から濃厚に漂った。どうしてよいのかわからないのは、むしろ尊氏の方であった。

「顔を見せてくれ」

「・・・・」
「お願いだ」

悲痛な男の声に、あやめのこころは震えた。この人はまだ父直義を愛しているのかと思うと、それだけで涙が溢れてしまいそうになる。
彼女は自分の指先でもう一つの手の指先をそっと触り、意を決して顔を上げた。

幼い頃よく膝の上にのせて抱きしめてくれた伯父は、疲れ果てて老いてもなお、無性に人を惹きつける強さを持っていた。
あやめはすっと息を吐いた。
縋るような、それでいてもう何も恐れてはいないであろう伯父の、深い闇を感じた。
そしてその全てを、受け入れるしかないと静かに覚悟を決めていた。
しかし今あやめを駆り立てるのは、それとは無関係な、むしろそれに抗うかのような願いであった。


「夫に、能憲様に」


尊氏は苛立って、僅かに眉を顰める。
彼のこころに憤怒が宿ったのが分かった。それでも、この言葉をやめるわけにはいかない。


「どうか御慈悲を」


聴き終わるや否や、尊氏はこのうつくしいむすめを押し倒した。
勢いでのたうった髪が蜘蛛の巣のように拡がって、むすめ自身を床にとらえるようだった。


「・・・・このままおまえを逃がさなければ、あいつの首が取れるだろうか」


むすめの手首は細く、その戸惑いが掌の肌を通して伝わった。
尊氏は一瞬息を呑む。それは、抗いようもない興奮でもあった。
身体が、密になっていく。



「このままおまえを、・・・・・・逃がさなければ」



尊氏はあのひとの名を呼び、それからゆっくりと唇が重なって、あやめは目を閉じた。

贖い、のような、だが愛おしい。
このまま身を任せてしまえば、自分をこれ以上にないくらいに愛してくれている夫を裏切ることになる。それだけが今の痛みであり、悲しみだった。

伯父は耳元に唇を近づけ、泣き出しそうな声でむすめに懇願する。



「一度だけでいいから」



そう、このひとはいちどだけ、まぼろしがみたいだけなのだ。

着物が割り開かれ、喉元を熱い感触が伝う。

可哀想なひと、このひとも、あにも、ちちも、夫も、すべて。


自由になった手を、尊氏の背中に回し返した。

ぜんぶ抱きしめてあげたい。
この慈愛は誰へのものであるか、わからないまま。