―――別に、悪戯をしているわけじゃない。困らせたいわけでもなかった。
ただ、私には、本当にしていいことなのかわからないだけだった。
満足に眠れない日が続いている。
全てが新しいもので組み立てられた室は、正直に言うと居心地が悪かった。 上等の掛け衣にくるまってはみたものの、その肌触りの心地よさと裏腹に、身体の中と外で違和感が膨れ上がっていく。
何度か寝返りをうち、無理矢理に眼を閉じるような真似をしていると、余計に疲れてしまう。
客人、なのだ。
所詮余所者に過ぎない。
大きな溜息をつく。広くて清潔な室の天井と壁に、吸い込まれていく。
叔父、直義の屋敷に招かれて幾日かが経つ。
暇潰し、というには有難すぎることだったが、直義は自分に日替わりで様々な師を呼び学ばせてくれた。
学問は寺でそれなりに教わっていたものの、馬の乗り方や弓の射方などは今まで経験がなかったものだから、新鮮で、単純に楽しかった。
一方で、今まで寺でやっていたような雑務がなくなってしまったので、事実直冬は居場所を持て余してもいた。
一度庭の手入れでもしようかと袖を捲れば、「そのようなことは」と慌てて屋敷の者が止めに来た。
結局のところ、自分が何のためにこの屋敷に来たのかがわからないのだ。
「眠れないのですか」
「え」
「そういう、眼をしていますよ」
いつ見ても、直義は何かと忙しくしているようだったが、自分が傍にいけば手を止めて時間をとってくれた。
茶を飲む時間にしたり、書を読む時間にしたり、時には手習いの面倒を見てくれたりもした。
茶器を包み持つ叔父の手は、熱で直ぐに赤くなった。
肌が薄くて弱いのだろう。そんなことを考えていると、直冬は決まって茫としてしまう。
しかし叔父が心配そうに自分を覗き込んでいるので、はっとして何か言わなければと焦った。
居心地が悪いとはいえない。
この叔父がいろいろなことを気遣ってくれているのを知っている。
「あの・・・、寺では、大部屋で、みんなで寝ていたので」
「ええ」
「なかなか、一人で眠るという状況に慣れないのです」
全てが嘘ではなかったが、一人であるということを問題に感じたことはなかった。しかし、こう言えば叔父を傷つけることはないように思えた。
「そうですか」
沈み込む叔父の声色を気遣いつつ、こくんと頷く。
直義は器の中の茶をじっと眺めながら、黙って思案した。
しかし、直冬が今までいた場所と同じ環境を整えてやるのは、どうしても無理なのだ。
「それは、心細いかもしれませんが」
「いえ、そんな」
やはり言わなければよかったと後悔しながら、直冬は首を横にふった。
どう転んでも自分は居候のようなものに過ぎないのだし、結局は叔父に気を使わせてしまうだけなのだと思い知る。
直義は何かを言いかけてやめ、しかし一息ついてから、言い聞かせるような声音をつくった。
「私の室に、大きな衝立の影が見えたら、それは大事な客人がいるということなのです」
「・・・?、はい」
「でも、その衝立が無いときはいつでも、訪ねて来てよいですから」
「え、」
「心細くなったら、何でも言ってください」
直義が浮かべた笑みは、恐らく自分を安心させようとしてくれている優しいものだったが、彼自身の眼にこそ、不安の影がちらちらと揺れていた。
不器用な人なのだと思った。
「有難うございます。・・・叔父上。」
丁寧に礼をしてから頭を上げ、歳若い叔父を見返した。
父の弟という、ともすれば肉親にも近いような存在なのだが、実を言うと、直冬にとって彼は、一人の繊細な青年にしか映らなかった。
その青年が自分をあずかってくれていると言うのも、まるで現実味のない話だ。
だが無性に彼の優しさが嬉しいので、これが血族の暖かさなのだろうかと思いもした。
「砂糖菓子、食べますか?」
はい、と明るい声で返事をしてみせると、直義はほっとしたように笑んで、傍らの小箱へと手を伸ばした。
「直冬殿は、甘いものがすきですか?」
口に含んだ茶に、その甘さを溶かし込んでいると、直義がそう聞いてきた。
初めてこれをもらった日にも同じことを聞かれた気がするが、直義がまたそのことを気にしているのだろうと思って直冬は頷いた。
別に、好きなものも嫌いなものも無い。
与えられたものを有難く食べて、それ以上のものを欲することもなかった。
だが前に聞かれた時よりも、直冬は自分が自然に頷き返したことに気付いていた。
実際美味しいもののようにも思えるし、頷いたほうが此の人を喜ばせることができると思ったのだ。
口の中のものを飲み込んだ、少年の喉が動いた。
質問ばかりしてみても、目の前の少年の心を労わることはできないだろう。
だが彼は、美しい面立ちに純粋な光のみを湛えて、直義が何か言い出すのを待っているようだった。
補足(反転) 冬様がたその家に来た直後なので12歳を想定
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